コビトスルヒト

2歳のコビトが生息しています

妊娠回想記③① 出産レポート

●2016年1月6日 


前のブログの記事からの続き。


”なんだか4~5分間隔位で痛いんです…”
と伝え、一旦NSTしてみようと陣痛室に移動しました。

 

やっと、夢にまで見た陣痛室に入れました。

クリスマスも大晦日も正月も、

ここで陣痛を乗り越えて幸せそうに赤ちゃんを眺めるママ達を
私は羨ましげな眼差しで眺めていたんだから。

 

”陣痛室”と書かれた扉の向こうはどんな世界なのかと何度想像した事か。

 

NSTで見た結果、やっぱり山が出ていた3~4分間隔で。

それでもまだアプリをいじっていたし、
生理痛に似た痛みだし
"これは陣痛ではない"
と何故か思い込んでたいたんです。

「この後に陣痛来ますかね…?」
と聞いたら

「もうこれは陣痛だよ‼︎」

との事。

マジかーーー?!遂に陣痛かい‼︎
のたうちまわる程の痛みではなかったけど、
う○こが出そうな間隔の為 何度もトイレに向かい、不発に終わりベッドに戻る。

間隔が2~3分なので、

寝落ちても直ぐに痛みで起こされ 段々幻覚症状の様な 夢の中と現実とが上手く切り返せなくなり始める。


その頃夢の中でモエヤンが良く登場する様になりだす。
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波が来た来た来たーーーーー‼︎
って所で彼女たちが「ヌーブラー?!」と聞いてくるので、
私は”ヤッホーーーー”と、
ホーーーーと言いながら息を吐く。の繰り返し。
これ本当。

1度うっかり
「ヤッホー」
と声に出して言ってしまい、恥ずかしくなる。


お前は今富士山にでも登っている気分なのか?と。
いやいや、登ってますよ、陣痛という名の山を‼︎←なに”上手い事言った!なんて思ってんの私”


”ヌーブラヤッホー”なんて言葉使った事もなけりゃ
最後に聞いたのいつだよ‼︎
って話なのに、彼女達は私の陣痛を根気強く応援してくれたの。
まるで助産師さんの様に。


もう寝ている時間がない程の間隔になるも、
まだ子宮内には今朝入れたラミナリアが入っているので、これが自然に出ない内は産まれないとの事。

ヒィー。と思いながら何度も何度もモエヤンに励まされ
その間に数回、便意の為にトイレに行く。

すると突然ボボボボボっと私の体から何かが撃ち放たれました。
まるで人間ミサイルの様に ボボボボボ。と。

これが打ち放たれた後からが私の人生最大の痛みが始まりました。

内臓をグシャグシャとえぐられる感じ。
”ヌーブラ?””ヤッホー‼︎”
とか言ってるレベルではない。

ナースコールを押し助けを求める。

ドアの向こうで
「開けても大丈夫?開けるよ?」
とかなんか色々言ってくれているけど、答える余裕もなく お股丸出しで
”なんか出た!ヒーヒー…なんか出た‼︎ヒーヒー”
と。

1人の助産師さんが、その”なんか”の確認を急ぎ便器を探る(助産師さんの仕事、大変!)
もう1人の助産師さんは、私を陣痛室に運び子宮口の確認をしてくれる。

 

子宮口 全開‼︎

 

分娩室に移動するよ‼︎と、声がかかる。
遂に分娩室ーーーーー?!
と思いながらも内臓掻き毟られじょうないなので全然歩けない。
正味15秒の距離が国境を越える程の距離に感じる。
この国境の先にあるのは”死”と言う国かもしれないと思った。
内臓ぐしゃぐしゃだからね。

そしてその国境を越えながらも私は
”トイレに行きたい!う○こがしたい!”
と懇願。

今考えると恥ずかしい!


本当に便意だったのか、息子が出てきそうな感じが便意に感じさせたのかは謎。
実際、ここ数日便秘でした。照←今更なにを恥ずかしがってんだか。

↑(この辺の自分を客観的に見てみたい。酷い醜態だろうな)


やっと分娩台に乗るも、準備をしているのでまだ いきめない。

溜まり溜まった う○こ を出したいのに、
だけどここは舞踏会のステージの真ん中。
出すわけにはいかない。
「私をトイレに連れてって‼︎」
みたいな感じ。←分かりにくい

早く準備してくれーーーー‼︎と思いながら もがいてた。

「家族に連絡入れる?」
と聞いてくれたけど、もう”いまさら感”が大きいので首を振る。

 

そして遂にGO!サイン。
陣痛の山が来た時に息むよ‼︎と。

ちゃんと出来るか不安だったものの、意外と出来るもののようです。
はい吸ってーーー‼︎
せーので長く息を止めて踏ん張る‼︎‼︎

ここではモエヤンは現れず、応援してくれるのは目の前にいる助産師さん。
彼女の言うままに指示にただただ従って息む。

この場面が俗にいう”出産シーン”ですよね。

だけど私はこの場面は1番痛いシーンではなかったな。
息んでる時はそんなに痛くないのね、不思議と。
陣痛の山と山の間は痛かったけど、人生最大の痛みはさっきのトイレ。


何度踏ん張ったんだろう。
なかなか出てこなくて、終わりがある気がしなくなってきた時に(実際は割とすぐだったようです)
「頭見えてきてますよー」
と、どこかのドラマで聞き覚えのある台詞を聞く。


本当かよ‼︎と心の中の悪魔君が悪態付き(痛すぎる為 神の助産師さんにそんな態度をごめんなさい。まぁ、心の中でだけだけど。)、
もう窒息死するまで息止めて踏ん張るかと思いっきり踏ん張ったところで頭登場。

頭が出たら後は力を抜いて、助産師さんがドゥルンと出してくれます。
このドゥルンは何とも言えない感覚。
凄いスッキリ感。

 

すると、股の向こう岸には青紫色の息子がいて
次の瞬間 ホンギャーホンギャーと
泣いた‼︎

遂に出てきたーーーー(;_;)

 

いつの間にか先生が居た。
いつ来たの?
先生が後処理をしてくれました。

 

息子は少し離れたケースの中で忙しそうに
拭かれたり計られたりバタバタしているのですが
顔はしっかりコッチを向いていたので
笑っちゃいました。
(ちなみに、感動の涙とかは1滴も出なかった)
ただただ可愛いくて、
何だこの可愛い生き物は!とボー然と眺めてました。

その間行われている私への後処理は地味に痛い。
数分前までの痛みと比べたら比べものにならないけど、地味に痛い。


身体を拭かれ綺麗になった息子とカンガルーケアで2時間腕に抱いて過ごしました。
元気に産まれて来た。
誕生日おめでとう。
これから私はこの子と生きていくのか…
と、力尽きた頭でボー然と考え
指の数や耳や鼻や確認して、写真に撮って家族に”産まれたよ!”とメールした。

まだ朝の5時だったので、朝起きた時にビックリするだろうな…と思ったら、直ぐに電話がなった。
出れなかったら今度は おめでとうメールが届く。

突然の展開過ぎて付いていけないよね。
超本人の私でさえ、陣痛と知ってから今ここで息子を抱くまでに2時間程しかたっていないので全然ついていけなかったもん。

 

ネットに良く乗っている陣痛時のアイテム、
例えばペットボトル用ストローとかタオルとかテニスボールとかウィダーインゼリーとか”立会い人”とか、
とにかく1つも使う事はありませんでした。

本当に助産師さんと先生は私と息子の命の恩人ですね。感謝してもしきれない。

 

そして、この世に、私の元に、
産まれてきてくれてありがとう。
おめでとう、誕生日。
私と息子が初めて対面した日。
一生忘れない この日を。

1月4日 午前4時15分(←良い子!)
3186g? で誕生しました。
…って、アレ??体重ふつーーーー。
2週間前で3650gと言われていた巨大児説はいづこへ。
500g以上の誤差がありました。

そして、アレ?
たらこ唇でもない。(薄くはないが)

拍子抜け感が否めません。

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でもとにかく、可愛いくてしょうがないです。。。


100いれば100通りの出産。
私の場合はこんな感じでした。

出産レポ 完

 



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